江本昌子の「ぶちおきゃん!マチャコの思い出話」 第7回「貝堀り」 江本昌子公式ホームページ

江本昌子の

著者:江本昌子

第7回 「貝堀り」

毎週木曜日更新
(創刊記念 11月初旬まで毎週 月曜日・木曜日更新)

作者へのお便りをお待ちしてます。

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「今日から下宿人が居るので、この部屋に入ってはいけんよ」って父が言う。
「なんでぇ〜」それでなくても大家族で狭い家なのに、今日から入るなって言ったって幼児園児の私にはわかるわけない。
バァ〜ン!としめきったふすまを開け広げ、寝ている下宿人の布団は当然のように踏み歩く。その内、下宿人も一部屋占領することなく、皆と一緒に生活するようになった。

 餃子を作らすと天下一品で本格的に皮から手作り。麺棒を器用にころがし、きれいな円を作る。中身の具もこだわってプロ並みの美味しさ。最初は一人前だけ作っていたけれども、大部屋になったんだから、、全員のを作れと脅迫。十人前はさすがに嫌になったのか二、三回作っただけであとはどうせがんでも作ってくれなかった。大部屋生活がつらくなったのか耐え切れなくなったのか出て行くことになった。たしか一年も居なかったと思う。それでも、時々は近況報告には来ていたようである。


「今日は、社長になったお祝いに一杯飲もう」長い年月の苦労と努力で、晴れて社長となった下宿人は、昔の面影は消え威風堂々のリンとした姿になってきた。大企業の下請けではあるが従業員二百人の会社の社長である。
「おめでとぉ〜!乾杯!」騒やかに祝っていたのに、この社長しんみり語り始めた。
「今日わしがあるのは、みんなあんたんとこの父ちゃんのおかげ、本当感謝しちょる。ありがと、ありがとう、ウェ〜ン」と泣きだした。ナニナニ泣き上戸?
「二十五歳で秋田から一旗あげようと出てきたのに、東京でスリにおうてね。九州まで行く汽車賃が足りなくなって有り金はたいてこの町にたどり着いた、という訳。
海が夕日にさらされて、きれいでボ〜っと見てたけど財布はカラッポ。無償に腹が減ってねえ。今日はこのホームのベンチで寝て、明日から働き口を探そうと思って横になってたら、あんたら一家が貝堀りの帰りでガヤガヤ来たんよ。
「こんな所で何しちょるん?」って父さんに聞かれたから事のてん末を説明したら、そんならうちに来いって。あん時拾ってもらえんかったら、、、、」ウェ〜ン、すんごい目じる鼻じる。
「遠慮のいらん家でねぇ、お腹いっぱい食べらしてもらった。でもやさしい親父さんやったけど、会社の愚痴や人の文句言ったらこっぴどく叱られてねぇ、、、今があるのは、お父ちゃんのおかげ。本当にありがとう」
この社長、恩義は忘れず、よくうちの店を利用していただける。そして、接待される時は必ず最後のオチを私たちに言えという。接待する側は、社長や役員にペコペコ気を回し、お酒をついで回っている。

 そして社長が言う「わしは、ここのお父ちゃんに拾われたんよ」
「エ〜!冗談でしょう!?」そんな事ない、そんな馬鹿なぁ、と信じてもらえない。
「いいや!本当!のぉ!?」社長、目を細めてワクワクしながらあごを上に突き上げ、やれ言えっ!それ言えっ!とサインを送ってくる。ハイハイ、わかりました。言やあいいんでしょ!言やあ。
「本当です。貝掘りに行って このおっちゃん拾ってきました」

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