江本昌子の「ぶちおきゃん!マチャコの思い出話」 第17回「豆腐屋のラッパ音」 江本昌子公式ホームページ
江本昌子の
著者:江本昌子
第17回「豆腐屋のラッパ音」
毎週木曜日更新
作者へのお便りをお待ちしてます。
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下町の表通りに面したところにある我家は、元々は露天商の親分さんの家であった。祭りごとがあるたび遠方から来て商売をはる人の為、寝泊りさすには少し狭いということで、すぐ近くの路地奥の広い家に住んでた我家と交換したのである。お人好しの父の「ええよ」のひとつ返事で。
露天商の親分のこのおっちゃんは昔かたぎの人情派。度量が広く、人の面倒をよく見て少々の困難やトラブルは、それを歓迎するかのようにたやすく解決してみせ、回りの信頼を得て人望も厚い。一度、市制に立候補して落選してしまったけどもその程度の中傷でへこたれないのがこのおじさんのいいところ。
「どうかひとつ!この私を男にしてやってください!」
と色街で演説するもんだから
「おう!いつでも男にしちゃるどぉ!」と、愛を売ってる女性達に茶化されてたりした。
一時期、身体を壊して寝込んでいたけど露天商はやめられなかった。
今度はたこ焼き屋。寝込んだ時の後遺症で手に障害が残り、ぷるぷると震える手で焼くたこ焼きはたこが3つ入ってるのもあれば、メリケン粉だけのソース味ってのもあって 当たりはずれのあるたこ焼きだった。
昭和45年、我家は郊外に出した洋食レストランが当たり郊外に住まいも建てて生まれ育った下町の家を知人に売った。たこ焼き屋のおっちゃんもご隠居でおとなしくなったかと思いきや、プップー豆腐屋のラッパをつけた変造バイクをばりばり鳴らしてやってくる。
レストランがひまになる15時頃、コーヒーを飲みに来てくれる。
プップー!表でラッパが鳴ると姉と二人で正面でお迎え。変造スクーターから二人がかりでよいしょと抱え降ろし、入り口に一番近いテーブルに座ってもらって大好きなコーヒーをだす。
最初のうちは優雅に趣向を楽しんでもらおうと有田焼や萩焼のコーヒーカップでおしゃれに出していたけど、なんせ片方の取っ手というのが震える手にはもうだめ。コーヒーカップと受け皿がガチャコガチャコ 喧嘩してそこら中にコーヒーを撒き散らかし半分の量になっている。
ありゃ、いけんかったねぇ、これなら ええじゃろ
このおっちゃんのコーヒーカップは頑丈なとべ焼きの丼と決まった。砂糖も忙しくて放っておくとシュガーポットいっぱいの砂糖をコーヒーカップの回りに山と積んでいるので角砂糖に変えてあげた。
自分の体調のいい時ははるばるやって来て、目を細め嬉しそうに話をする。豊かな知識とさわやかな弁舌で私たちもおいしいコーヒーをいただく事ができた。
病に付することなく、雑草のごとく時代を走ってきたこのおっちゃんのパワーから随分元気をいただいたなあ。
豆腐屋のラッパ音が懐かしく心に響いてなにかほっこりした音に聞こえる。