江本昌子の「ぶちおきゃん!マチャコの思い出話」 第30回「竹さん」 江本昌子公式ホームページ

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著者:江本昌子

第30回「竹さん」

毎週木曜日更新

作者へのお便りをお待ちしてます。

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男の子が欲しくて欲しくて仕方ない父は、四女から下を男の子のように育てた。呼び名も、明坊、まい坊、孝坊、まあ坊、と坊ちゃん呼ばわり。ヤン坊マー坊天気予報じゃあるまいし。七番目に待望の男児が出てきたのに八番目の私まで「まあ坊」である。美しい貴族ならベルサイユのバラのオスカルのように絵になるだろう、けれども、腰に縄ひも結んで竹でチャンバラごっこしてるんじゃあ、ちょっとね〜。

「まあ坊、行こうか」路地裏の一番奥の飲み屋のおばちゃん、竹さんだ。夏休みのラジオ体操に一緒に行くのである。毎朝竹さんの店の前を通って行っていたのを呼び止められ「おばちゃんも体操したいんやが行ってもええかのぉ」と言うので誘うことにした。
遊園地に集まる子供の数はものすごいもので、佃煮ができるほど。竹さんは入り口に近いところで一人皆と離れて体操をしていた。少し曲がった腰をポンポンと叩き、胸を張って背筋を伸ばす。何か腰の上に胴体を乗せたような感じ。朝のすがすがしい空気を胸いっぱいに吸い、一生懸命、真面目に体操をしていた。

時々、竹さんは麦茶やスイカを用意してくれていて、店に寄るようになった。そこは入ってすぐカウンターだけの小さなお店。奥に小さな出入り口があって布団が見える。竹さんはスイカをザクザク大ぶりに切り「お食べ」と出してくれる。「ハ〜イ」とムシャムシャ食べてびっくりした。竹さんはスイカの種までポリポリ食べちゃうのである。
「おばちゃん、種ださんそ?」(たねださないの?の意)
「お百姓さんがせっかく作ってくれちゃったスイカやから全部食べんとね。種も栄養あるんよ」
「ふ〜ん」
そしてスイカの白い部分も塩を付けてバリバリ食べて皮だけにしている。
「すごいねえ、おばちゃん」
「ははは、わしら貧乏で育っちょるけえ、何でも有難く食べられるんよ」

ちょくちょく店に寄るようになって竹さんはポツポツ昔の話をしてくれるようになった。炭鉱で夫を亡くし、炭鉱婦で山に働きに出てたこと。日雇い労働でいっぱいいろんな仕事をしてきたこと。炭住といって炭鉱労働者が入る住まいに居られなくなり、この町に来たこと等をまるで苦じゃなかったかのように語ってくれる。私は、そのくっきりと刻まれた深い顔のしわが笑うたび川のように流れ動くのがすごいなあ、と思って見ていた。

血管が浮き出た、ごわごわの大きな手は、仕事をしてきた人の手であろう。竹さんの話を感心して聞いていると
「ははは、そんなの普通の時代じゃけえねぇ、文句言ってる暇なんてないんよ。仕事させてもらって感謝せんにゃあね。まあ坊んとこのお母さんにはお世話になってねえ。新聞が読めん私によう教えてもろぉた。やさしい、きれいなお母さんやった」
と、目を細める、竹さん。私は母を褒めてくれたことが嬉しかった。

四年生の夏休みまでそうしていたけれども、竹さんはいつの間にか店をたたんで居なくなっていた。
「あの人は低俗な人間と指さすようなことがあったら、その人はもっと愚かな人間なんよ」
と、言っていた竹さんの言葉は小学校の私には難しすぎてよくわからなかったけれども、やっと分かるようになったよ。貴方の物にも人にも感謝するという精神はとても素敵でした。竹さんの苦労の人生に花が咲いた時があったのか聞きそびれてしまったけれども、少なくとも私の心のなかでは花が咲いているからね。ありがとう。竹さん。

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