江本昌子の「ぶちおきゃん!マチャコの思い出話」 第63回「お正月」(前編) 江本昌子公式ホームページ
江本昌子の
著者:江本昌子
第63回「お正月」(前編)
毎週木曜日更新
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昭和36年
下町のお正月はどこのお店もシャッターを降ろし前日の師走の賑わいが嘘のように静まりかえっている。
家族団らんで新年を迎えているのであろうが
昼過ぎともなると暇をもて余した子供達で近くの公園はいっぱいになる。
「おーい昌子〜孝子〜」父が公園入り口で呼んでいる。
滑り台で遊んでいた私と姉はあわてて滑り降り父のもとへ走って行った
「なあに父ちゃん」
「今から温泉行くから おまえらも連れてっちゃる」
「やったー凄ーい じゃあ着替えてくる」というのにせっかちで待ちきれない父は
「そんなのかまわん」ともう片手を挙げてタクシーを拾っていた。
それにしても今日の父は今まで見た中で一番かっこいい、
ダブルの背広をビシッと着こなしピカピカの革靴、頭もポマードで固めて何処の社長さん?って感じ。
それにひきかえ私と姉は正月というのにオニュウの服があるわけでもなく
いつものヒジが抜けてよれよれの袖口が鼻水でテカテカに光ったお下がりの毛糸のセーター。
足元は狭い勝手口に山と積まれたそこら辺にあった大人のつっかけを履いて来てるから
当然足の半分がつっかけでペッタンペッタンと余っている。
これで行くぞと言われても どう見ても不釣り合い。
父はゆうかい犯にしか見えないってもんよ。
常々10円あげるからおいで!と誘われても10円ぐらいで付いて行ってはみっともないからよく金額を聞いてから考えろと
けったいな教訓にそうかあと頷いていた私達は今まさに10円に付いて行ってるみすぼらしい二人なのである。
電車に乗って下関の小月駅で降り そこからタクシーで湯谷温泉に行った。車中 父は上機嫌で運転手さんとペチャクチャしゃべっている、
私は川沿いの景色がどんどん山の方に行くのを黙って眺めていた。
宿に着くと父は「釣りはいらねぇお年玉でとっときな」と江戸っ子のように見栄をはった
もったいないなあ お釣りほしいなあ、と思うと同時に父に押し出されて降りた。
番頭さんじきじきに迎えられ宿の一番奥の離れに案内された。
だいたいどんな客層か足元を見ると言われているがピカピカの革靴の後ろに
ペッタンペッタンのほろう児二名が渡り廊下を歩くんだから どう見られていたものやら、
思い出すだけで冷や汗が出る。
大きな温泉にゆっくりつかりピンポンを楽しみ雪をかぶっている庭に出る兎を追ってのんびり過ごした。
夜の食事は見たことも無い食べたことも無い大ご馳走でテーブルに乗りきれないほど料理が次から次へと運ばれてくる。
お子様ランチでよかったのにぃと思う反面 大人と同じ料理を食べらせてくれる父の気持ちも嬉しかった。
チップを弾んだ女中さんも父の酒の相手をしてくれてとても楽しそう
でも時々大人の匂いがして『母ちゃん 父ちゃんが酔っ払って少し変よぉ』と天国の母に報告した。
寝床はふっかふかの大きな布団。こんなお布団で寝たことない、まして大の字になってもお布団から手が出ない贅沢〜
翌朝もお風呂に入り朝食はこれまた豪華 もったいないからと本気で食べても
もはやフアグラ状態でギブアップ やっぱり子供には多過ぎた。
帰り支度をして父が支払いから戻ってきた。
ん?顔つきが変!
・・・・続く