江本昌子の「ぶちおきゃん!マチャコの思い出話」 第65回「プール」  江本昌子公式ホームページ

江本昌子の

著者:江本昌子

第65回「プール」

毎週木曜日更新

作者へのお便りをお待ちしてます。

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父は私が中学1年の時に亡くなった。
いつもは静かな朝なのにその日は明け方から何やらうるさくて目を覚ました。寝たきりの父の周りに姉達が揃い父の顔をピシャピシャ叩いて父ちゃん父ちゃん!と叫んでいる、なのに父は起きようともせず大きな口を開けてひたすらゴォーゴォと往復の大イビキをかいている。
ただ事でないということは寝起きの頭でもわかった
『どうしよう父ちゃん死んじゃうのかなあ』と恐ろしくなってブルブルふるえていた、ドタバタと皆が動く中 私は何をしたらいいのか解らずただ呆然と父の異常な大イビキを聞いていた
「昌子 修は学校に行きなさい!」と姉にヒステリックに言われ『こんな時でも学校行かんにゃいけんかなあ 行きたくないなあ 父ちゃんの側に居たいのになあ』と思いながらバクバクと破裂しそうな胸のこどうを落ち着かせて学校へ行った。

1時間目の授業の最中 先生が突然「あっ少し待つように」と言われ教室から出られた、廊下で人と話す声がする『もしかして』とすぐに感じた
「江本君ちょっと」
と呼ばれ廊下に出た
「お父さんが亡くなられたそうなのですぐ 家に帰るように」『やっぱり駄目だったか』
「はいわかりました」心の準備はできていたので驚くことも泣き崩れることもなく淡々と帰り支度をして教室を出た。

校門を出てトボトボ歩いているとズーッと前の方に兄が歩いてるのが見える
「修兄ちゃーん」私は走って行き兄と一緒に並んで帰った。厳しい顔の兄は一言もしゃべらずただひたすら黙々と歩いた、早く帰りたい早く帰らねばと気ばかり焦り30分の道のりが1時間にも2時間にも思えるほど長く長く感じられた。家に帰ると父の顔にはもう白い布がかぶせてあり いつもの顔と違う青白いろう人形のような父がそこにいた。

小学校2年生の時父と2人で市営プールに行ったことがある。夏休みの宿題の絵日記があまりにも単純でそれを案じた父が
「昌子プールに行くぞ」と言い出したのである。
幼児用の浅いプールと大人用の深いプールがあって私は当然浅いプール。スクール水着の私と海水パンツなんか持って無い父は下着の木綿のパンツ一丁。山下清の裸の大将そっくり。周りの父親が皆水着をはいてる中 父の白いでかパンツが超目立つ。私はそのことがすごく恥ずかしいことのように思われ浅いプールで私を引っ張ってやるという父の手をはらいのけ一人離れて遠い所で水遊びをした。

家に帰ると早速父は
「絵日記に書けるのぉ」と催促したが 父の押し付けがましい愛情が疎ましく思えて最後までそのことは書くことはなかった。今思うと当時私は反抗期だったに違いない。周りの目を気にしない大陸的な父の優しい愛情をまともに受けとめることができず 難ぐせをつけては父を困らせてしまった。
『ごめんねお父ちゃん あん時は有難う 本当はすごく嬉しかったんよ』中学1年の私は胸のつかえを吐くように白い布きれの下の優しい穏やかな顔の父に心からわびた。

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