江本昌子の「ぶちおきゃん!マチャコの思い出話」 第66回「鍋」  江本昌子公式ホームページ

江本昌子の

著者:江本昌子

第66回「鍋」

毎週木曜日更新

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8人兄弟。しかも7人女。これは長いこと商売ができた勝因のひとつ。
「前金です」と、さっと手を出しビール1本買いに走った小さな店から80人の宴会が出来る大きな店へと繁盛することが出来た。
末っ子の私の代で閉店することには責任を感じたが、昨今の大不況を思うと、良いお客さまに恵まれ、皆に愛され、惜しまれつつという良い時期に閉めることができてよかったなあと自負している。
老朽化がはげしく店も古くなるとあちこちでガタがくる。料理を召し上がってるお客様の上に天井の木ワクがゴンとずれ落ちてびっくり。お怪我がなくてホッと胸をなでおろしたが、品の良いお客様は
「スリルとサスペンスの調味料がきいた、美味しい料理でした」と大人の対応。「すいません、今度はヘルメット用意しときますから」のひと言で気にいられ、度々来られるようになられて、本当、商売っておもしろい。大人数の宴会ともなると厨房はてんてこまい。鍋、釜、総出動で板さんも高下駄で走りどうし。なかでも一番活躍する鍋がひとつあって、私たちは、その鍋に横井さんという名前をつけていた。そう、あのグアム島から28年ぶりに日本に帰国された「恥ずかしながら」のあの横井さん。飛行機のタラップから降りられた時に持ってらしたあの鍋。あの鍋とついなの。長年使用してボコボコに変形し両手はもげてるんだ。けれども、火の通りが早くそれでいて冷めにくい。ちょっとした青みをゆでたりするのに重宝する。「人参のコンソメ煮は?」「横井さん」「魚の上にかけるあんかけソースは?」「横井さん」とひっぱりだこののである。何度も何度も捨てようとしたけれども、重いずんどう鍋より先に手が出るのはやっぱりこの横井さん。店が終わって、きれいにみがきあげた鍋が積んであるその上に、ヘロヘロの横井さんがチョコンと乗ってる図はけったいだけれども、結局店を閉めるまで愛着があって横井さんは捨てることは出来なかった。店を閉める日、市内で開業され、今では県の医師会会長をされている奥様が来られた。「主人が青春時代からお世話になりました、お金の無い学生に、出世払いでいいからと飲み食いさせてもらって今があります。今日は主人にくれぐれも感謝の念を伝えるようにと言われて来ました。本当にありがとうございました」と礼を言われた。私は姉たちの様々の苦労のおかげで今までやってこれたということを思い知らされた。それにしても長いこと商売をしてきてよかったなあ。たくさんの花束に囲まれて私はフゥーとひと息ためいきをついた。

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