第1回「無題」
町の角の空き地に、小さな興業がよくやって来てた。俗に言う「見せ物小屋」である・昭和三十年代 テレビもあまり無い時代だったので、けっこうはやってた様な気がする。空き地の隣が、顔に傷のある少し恐い兄ちゃんがいる事務所で、今思えばネタがすぐばれるロクロ首とか、子供だましの物ばかりやっていた。
「世にも恐ろしい小人」(当時はそう言っていた)ジャ〜ン!黒地に血がしたたる真っ赤な字で看板があがると、もう友達と約束して入場料を取りに飛んで帰った。ランドセルを投げ捨て、豚の貯金箱にセルロイドのすじ引きをつっこみ ガチャコ ガチャコ小銭を出す でも、出てくるのは一円玉ばかりで 何とか50円かき集めて走っていった。
友達と入場料を払って、おそるおそる中に入った。暗くて狭い道路の奥に、下からライトアップされた小人が居た。
バリバリに総立ちした髪にきついシャドーまっかな口紅は耳まで引かれ、アイラインはこめかみまでひかれて恐ろしさを強調していた。
私達が、おびえてみていると その小人はその短い足を組んで タバコに火をつけフーと一息ふかし
「何だバカヤロー!」
という目つきでこっちをにらみ返した。
「ヒエ〜!」
その迫力で友達と逃げるように飛び出た。
「恐かったねぇ」
子供心にそう思うんだから、なかなかうまい演出だったと思う。
夜、銭湯に行くと 湯船につかった目の前の、オカッパ頭のかわいい女の子がコクッと軽く会釈をした。ようにに思えた。けれど誰かわからない。
「誰だっけな〜」
と考えてるうち その子が湯船からあがってすぐわかった。今日見て来たばかりの「世にも恐ろしい小人」やんか。50円返して!
湯からあがると脱衣箱が彼女と隣り合わせだった。彼女は下着をはくのにはきにくいのか、ペタンとその場に座ってパンツをはこうとするのである。それでなくても十時以降の銭湯は、下町の商売あがりの人達でごったがえすので、すごい人並みなのである。私はその子のパンツをはきやすい様に肩を貸してやり、はかせてあげた。服をいそいで着た彼女は、湯上りというのに汗びっしょで、なぜかここで、一息タバコをフー!とふくのである。それから周りを例の 何だバカヤローの目付きでにらみ返すのである。
「ヘンな奴だなぁ〜」
と思ってたら、彼女は、小銭を番台のおばちゃんに渡して、冷蔵庫のコーヒー牛乳を半分飲んで私にくれた。ホレッと差し出されたそれを一口飲んで オエッ そのヤニくささにびっくりしたけど 最後の一口分だけ残してまた彼女に渡した。
「ありがとう」
「、、、、、」
返事は無かったけど 飲み干した彼女は ニコッ!と笑った。
その日から、毎晩銭湯であっては、背中の流しっこをしたり、湯船にもぐったりして
例のヤニコーヒー牛乳を飲みッこするのである。
帰りも彼女が帰る事務所までに、我家が有るので寄るようになった。人もよく集まる家だったけど 野良の犬や猫もよくたむろしていた。中でも誰もかわいがらない様な、真っ黒のおなかの大きな猫がお気に入りで 長いことおなかをなでては帰っていった。
その日も背中を流さず彼女を待っていたけれども、なかなか来ないので しびれを切らして帰宅した。
あくる日、学校に行く途中、例の見せ物小屋がひと晩でとけて、元の空き地に戻っていたのを見た。
「そうか、それで昨夜は来なかったんだ」
納得したけれど、なぜか胸がキュンとしめつけられた。
今思えば彼女は 口も不自由だったのかもしれない。言いたいこといっぱいあったのかもしれない。そして 野良猫の境遇に自分の人生をだぶらせていたのかもしれない。
またどこか知らない土地の下で 一生懸命 がんばって生きていってくれるかな〜
あれから当分 コーヒー牛乳は飲めなかった。
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